食事性蛋白質は門脈μオピオイド受容体により腸管脳神経路を介して摂食量を抑制する |
Celine Duraffourd, Filipe De Vadder, Daisy Goncalves, Fabien Delaere, Armelle Penhoat,Bleuenn Brusset, Fabienne Rajas, Dominique Chassard, Adeline Duchampt, Anne Stefanutti, Amandine Gautier-Stein, and Gilles Mithieux
Cell 150, 377–388, July 20, 2012

蛋白質に富む食事を摂取すると、腸管での糖新生が亢進し、門脈中のブドウ糖濃度が上昇、その結果、門脈壁のブドウ糖センサーから求心神経により脳に信号が伝達され、食欲抑制、および、肝ブドウ糖産生に対するインスリンの抑制作用の増強がもたらされます(Nutrition (2009)25, 881–884)。実際、最近、腸管特異的にglucose-6 phosphataseの触媒サブユニットをノックアウトすると、蛋白質摂取による食欲低下が認められなくなることが示されました。
蛋白質は、以前から、その分解産物であるoligopeptidesにμオピオイド受容体結合活性のあるものがあることが知られていました。最小の物質としてはdipeptideであることが知られています。また、μオピオイド受容体は摂食に関係していることも示されていました。アゴニストは摂食を促進し、アンタゴニストはそれを抑制します。μオピオイド受容体は主に脳の特に摂食調節に関わる部位と腸管に分布しています。食物に由来するペプチドは肝臓などで分解されるため脳内に到達するとは考えられません。また、合成アンタゴニストであるナロキソンは容易に肝臓で分解されますが、ヒトに経口投与すると食欲を抑制します。
今回の研究では、門脈内にμオピオイド受容体アゴニストおよびアンタゴニストを注入し検討することで、門脈μオピオイド受容体が腸管脳神経経路を介し腸管での糖新生を調節することが示されています。また、食事性蛋白質分解産物であるoligopeptidesがこの門脈μオピオイド受容体にアンタゴニストとして作用し、腸管糖新生を亢進させ満腹感をもたらすことも示されています。
抄録: 腸管糖新生は食物摂取調節に関与しています。今回、門脈壁の神経にμオピオイド受容体が存在し、ペプチドがこの受容体に作用することで腸管糖新生と食欲調節に関わる腸管脳神経経路を調節していることを示しました。In vitroでは、ペプチドや蛋白質分解産物がμオピオイド受容体のアンタゴニストとして作用することを示しました。In vivoでは、これらの物質が、消化管からの求心路が到達する脳領域の活性化を通じて、μオピオイド受容体依存性に腸管糖新生にかかわる酵素を誘導することを示しました。μオピオイド受容体ノックアウトマウスではペプチドに対応する腸管糖新生はもたらされず、蛋白質に富む食事による満腹効果は認められませんでした。腸管糖新生を欠損するマウスでは門脈中にμオピオイド受容体に作用する薬物を投与しても摂食量に変化は認められませんでした。このように、門脈μオピオイド受容体にペプチドが作用することで脳を介し腸管糖新生が促進され満腹感がもたらされると考えられます。
解説> 今回の報告ではカゼイン、大豆蛋白などの様々な食事性蛋白質に由来するdipeptide、oligopeptideはμオピオイド受容体のアンタゴニストとして作用するとされています。このことはμオピオイド受容体を有する神経芽腫細胞でのin vitro assayでも確認されています。μオピオイド受容体に結合しないペプチドやアゴニストとして作用するペプチドが存在する可能性は否定できませんが、著者らは、食事性蛋白質に由来するペプチドがアンタゴニストとして作用することは門脈壁の神経終末に存在するμオピオイド受容体に特異的なことではないかと考察しています。また、蛋白質は消化管ホルモンの分泌にも影響し、これらホルモンの視床下部に対する直接作用を介して満腹感をもたらす効果も持っています。しかし、今回観察されたμオピオイド受容体アンタゴニストの作用は糖新生に関わる酵素の誘導によるもので、その効果が長期間持続しました。高蛋白質食による減量には、消化管ホルモン分泌を介する短期的な食欲抑制ではなく、今回認められた酵素誘導を介する長期的な食欲抑制効果が関係しているだろうと考察しています。
きわめて興味深い研究と考えられ、動物実験ではありますが、紹介させていただきました。